付き合っていた彼女と別れ、その後、彼女が大病にかかり、元彼は彼女を愛していたことに気づく……。一見テンプレ的なこの展開に、ユーモアや文化障壁の問題などを取りこんだこの映画は、数ある恋愛映画の中でもひと際愛すべき作品になっています。
1.あらすじ
シカゴでスタンダップコメディをやっているパキスタン出身のクメイルは、ライブに来ていた大学院生のエミリーと付き合い始めた。しかし、パキスタンではお見合い結婚が慣例であり、クメイルの家族も彼はパキスタン人と結婚するべきだと考えていた。このことを知ったエミリーは、クメイルと別れるが、後日エミリーが大病にかかっていることが判明する。(2017年公開)
主演・脚本は、ドラマ『シリコンバレー』のクメイル・ナンジアニ。『セントラル・インテリジェンンス』(2016年)にもちょこっと出ていましたね。主人公と同じ名前じゃないかと気づいた方は、鋭い。実は、『ビッグ・シック』の話はクメイル自身の実話なのです。脚本は、彼と妻の実話を基にして、二人で書いたそうです。本当にこの映画みたいな話ってあるんですね。
2.文化の壁
最初に書いたように、恋人が病にかかるという展開の話は数多くあります。もし、それだけの話だったらわざわざ見なくても良いかもしれませんが、『ビッグ・シック』にはさらにいくつかの要素が盛り込まれています。
まずは、文化の壁の要素。パキスタンでは、いまだにお見合い結婚が主流だそうで、恋愛結婚は少数派。しかし、クメイルはイスラムの教えをあまり真面目に受け取っておらず、お祈りもせず恋愛結婚を望んでいます。自分も、このクメイルの主張がもっともだと思うのですが、宗教に基づいた慣習の力というものは強い。そう簡単に破れるものではありません。
また、この映画ではアメリカ人によるイスラム教徒への偏見にも触れられています。これは、9.11からのもので、アメリカ人の中にはイスラム教徒を見るとテロリストだと決めつける偏見を持った人がいます。当然ながら、アルカイダやISIS(イスラム国)といったテロ組織は悪ですが、イスラム自体には何の罪もありません。まったくもって頭にくる話ではありますが、実際にこういった偏見が存在していることは認識しておくべきでしょう。
3.優しく見守るユーモア
主人公がコメディアンということもあり、本作はシリアスなテーマを扱っていながらも、ユーモアにあふれています。このおかげで、あまり暗くならず、観ていて辛くもなりません。
例えば、エミリーが昏睡状態で、家族とも上手くいかなくなったときに、彼がハンバーガーショップのドライブスルーに行くシーンはその真骨頂です。彼は、ここでチーズ4枚入りのハンバーガーを注文するのですが、店員からそれは出来ないと言われます。そこで、彼は「ルールなんてどうでも良いじゃないか!」と両親や病気への不満も込めて怒鳴ります。状況を踏まえればシリアスで怒鳴りたくなる気持ちもわかるんですが、そこはハンバーガーショップ。しかも、チーズ4枚にしてくれというちょっと変な注文をしているので、なんとも笑えてきます。
こういった感じで、シリアスな場面にユーモアを混ぜてくるのがとても上手い。エミリーのお父さんも、名言を言っていそうで、実は大したことを言ってなかったりして面白い。エミリーなど他の登場人物もそんな感じなので、親しみやすく、素直に感情移入ができます。
4.大いなる目ざめ(ネタバレ)
結果的に、エミリーはこの病気から目覚めます(いまだに”目覚めない”物語は聞いたことがない)。ただ、ここからがちょっといつもとは違うのです。目覚めたら、ずっと側にいてくれた彼に感謝して、彼の愛を感じてすぐによりを戻す……ことはない。むしろ、エミリーにとっては彼に対する感情に全く変化がなく、相変わらず邪険に扱います。
考えてみればその通りなのかも。昏睡状態に陥っていて、その間の彼の気持ちなど知るはずもないのだから、当然すぐには彼女の気持ちも変わるはずがありません。その後に、彼が実際にどういう気持ちでどんな行動をしていたかを知ることができたからこそ、彼女の気持ちは変わりました。目覚めてハッピーエンドという映画をつい最近も2本ほど観ましたが、実際にハッピーエンドになるかどうかは、目覚めた後に懸かっているのかもしれません。
5.まとめ
『ビッグ・シック』は、本当に良い映画でした。病気や社会問題などのシリアスな問題を、ユーモアとともにしっかりと伝えてくれます。老若男女、東西南北、誰にでも観てほしい作品です。
というか、同じ最高スタンダップコメディアンを扱った映画でも『ビッグ・シック』と『ジョーカー』ではこんなにも違う話になるんですね。一つは笑いとともに困難を乗り越える話で、もう一つは困難に笑いを見出してしまった男の話。人生は、十人十色です。
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