映画の並木道

古今の映画や海外ドラマについて紹介しています。ネタバレは基本的になく、ネタバレするときは事前にその旨を記しています。

ドラマ『ABC殺人事件』~原作ファンとして違和感しかない(ネタバレ)~

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 2018年にイギリスのBBCで放送されたドラマ『ABC殺人事件』の感想です。自分は、アガサ・クリスティのミステリーが好きで、原作の『ABC殺人事件』も好きな作品です。始めに言っておくと、自分にとっては、このドラマは原作を踏みにじる非常に残念なものでした。 

 

 

あらすじ

 1933年、ポワロの元にアンドーヴァーでの殺人を予告する手紙が届く。警察に相談したポアロだったが、誰も耳を傾けない。しかし、数日後にアンドーヴァーでアリス・アッシャーの遺体が発見される。続いて、ポワロのところにベクスヒルでの殺人を予告する手紙が届き、そこでイニシャルがB.B.の人物が殺される。

 

www.youtube.com 全3話 1話あたり60分

※現在、Amazonプライムでは配信されていません。

 

 主人公のエルキュール・ポワロを演じるのは名優ジョン・マルコヴィッチ。クローム警部を演じるのは、『ハリー・ポッター』シリーズのロン・ウィーズリー役で有名なルパート・グリント。

 

原作『ABC殺人事件』(ネタバレ)

 原作は、アガサ・クリスティの小説『ABC殺人事件』です。事件の展開や、犯人などは基本的に原作と同じです。アレクザンダー・ボナパルト・カスト(A.B.C)の視点が途中で挿入されているところも、原作にある通りです。ただし、ポワロの扱いが原作とは大きく異なるのですが、これは後述します。

 

 そもそもアガサ・クリスティが得意としているのは、閉ざされた空間でのミステリーです。『そして、誰もいなくなった』は外界から閉ざされた孤島が舞台となっていて、『オリエント急行殺人事件』は列車という閉鎖空間を舞台に展開します。物理的には閉鎖していなくても、家族を中心とした「閉ざされた人間関係」での殺人事件を扱うものが非常に多のが特徴です。

 

 そんなクリスティの作品群において、空間的にも人間関係的にも開かれている『ABC殺人事件』という作品は、かなり特殊です。しかし、そこはクリスティ。意味もなく解放された空間を舞台にしたわけではありません。『ABC殺人事件』のトリックは、解放された空間だからできるものであるからです。

 

 すなわち(ネタバレします)、クリスティが『ABC殺人事件』で生み出した連続殺人のトリックというのは「無関係な人も殺すことで、本当に殺したかった人物から注意を逸らし、カモフラージュする」というものだったのです。今では、このトリックから派生した様々な作品が存在しますが、『ABC殺人事件』がその最初の作品であったと言えます(厳密には、G・K・チェスタトンの小説に先例がなくもない)。

 

 このトリックのためには、当然ながら無関係な人物が必要となり、解放された空間を舞台とする必要があったのです。クリスティは、このようにトリックのためにすべての設定を仕立てるトリックの鬼なのです。

 

 加えて、クリスティの上手いところは、アレクザンダー・ボナパルト・カストを登場させたところにあります。多くの人は、この人が犯人だと信じて疑わないのではないでしょうか。クリスティは、「これは殺人犯の視点に立った、サイコ小説なのだ」と意図的に思わせることで、読者に推理する気を奪わせます。そして、最後にまんまと読者に背負い投げを食らわせます。

 

歴代ポワロ俳優

 ポワロの顔といって、まず思い浮かぶのはドラマ版『名探偵ポワロ』でポワロを演じていた、デヴィッド・スーシェ。卵型の頭に、特徴的な口ひげなど、原作に忠実であり、文句なしのポワロと言えます。

 

 続いて、思い浮かぶのは『オリエント急行殺人事件』(1974年)のアルバート・フィニー。ふさふさの髪の毛に若干の違和感はあるものの、演技力でしっかりとポワロらしさが感じられました。最近だと、『オリエント急行殺人事件』(2017年)のケネス・ブラナー版ポワロというものがあります。これは、とにかく髭がデカすぎて、終始こればかり気になります。野村萬斎のポワロは、もう勝手にしてください。日本人だから、何をやってもどうせ似ません。

 

 そして、今回のジョン・マルコヴィッチ版ポワロはどうかというと、全く似てない。まず、頭が長すぎ。ポワロは卵型の頭でなくちゃ。それに、あごひげ生えてるし。マルコヴィッチのままじゃん(笑) あまり、似せる気もなかったんですかね。でも、見た目に関しては、ケネス・ブラナー版よりは好きかな。

 

これはポワロじゃない(ネタバレ)

 このドラマと原作の大きな違いが、ポワロの扱いです。原作では、ちゃんとジャップ警部とともに捜査をしているし、親友のヘイスティングスも出てきます。しかし、ドラマではポワロ側の人間は誰もおらず、加えて移民であることが執拗に言及されます。

 

 確かに、ポワロは原作でもベルギーからの移民なのですが、そのことで深刻に悩むことはありません。これは、たぶんクリスティの作家姿勢にあるのでしょう。推理作家としてのクリスティが社会問題に言及することは少なく、物語はロマンス風味を含めながらも、あくまで主眼は読者をだますことに置かれます。

 

 しかし、今回のドラマはクリスティのそんな考えを無視。さらには、原作には全く存在しない「ポワロは司祭で、人々をドイツ兵から守りきることができなかった過去を持つ」という設定を加えています(原作では、ポワロはベルギーで実際に警察に勤めていたことになっている)。このドラマが描きたかったのは、ABC殺人事件ではなく、暗い過去を持つ移民としてのポワロの苦しみだったのです。

 

 このテーマは、非常に現代的。特に、移民問題は世界的な課題でもあります。でも、自分としては「なぜ、このテーマをポワロでやったのか」が多いに疑問です。移民問題や苦悩を扱ったストーリーは、別に良いのです。でも、それをポワロでやってほしくなかった。だって、それは全くポワロではないもの。別の人物を作ってやれば良かったのではないかというのが正直なところです。

 

 悪意のある言い方をするなら、移民問題を扱った作品を作ろうとした人が、ポワロって移民だったよねということを思いついて、強引にクリスティの原作に移民問題を入れ込んだとしか思えないです。原作がすでに傑作なのに、それを完全に無駄にしています。カストの心情を深堀りするのなら理解できるのですが、全く関係ない要素を持ち込んでいる点で大いに疑問が残ります。

 

まとめ

 擁護をしておくと、この内容に対してのマルコヴィッチの演技は素晴らしい。すなわち、名探偵ポワロとしてではなく、孤独な移民としての演技は、マルコヴィッチだけあってさすが。見ごたえがあります。

 

 もし、これがアガサ・クリスティとは関係ない形でのストーリーだったなら、十分評価できる内容だったかもしれません。しかし、アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』という原作を使って、エルキュール・ポワロの物語としてこのドラマを作っているつもりならば、内容は全く評価できません。

 

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